企業にとって、従業員を解雇しなければならないと考える場面にしばしば遭遇します。
しかし、現在の法制度においては自由に解雇できるという場面はほとんどありません。
本記事では、社内の不正行為やルール違反に対する制裁として行われる懲戒解雇以外の解雇(普通解雇)を制限する「解雇権濫用の法理」について説明したいと思います。
1. 解雇権濫用の法理
民法においては、期間の定めのない雇用契約については使用者、労働者いずれからも「いつでも解約の申し入れをすることができる」ことになっており、解約申し入れから2週間を経過すれば雇用契約は終了することになっています(民法627条1項)。
しかし、この規定は「解雇権濫用の法理」により大きく制限されています。
解雇権濫用の法理とは、労働者を解雇するにあたって ①解雇に客観的に合理的な理由があること ②解雇が社会通念上相当であること の要件を満たさなければその解雇は解雇権の濫用として無効となる、というものです。
しかし、上記のような民法の規定がありながら古くから解雇の効力を争う裁判が多数起こされてきました。
民法第1条3項(「権利の濫用は、これを許さない」)の一般規定を根拠として解雇を制限する判決が積み重ねられましたが、最高裁第二小法廷昭和50年4月25日判決(日本食塩製造事件)の判断の中でこの解雇権濫用の法理が示されることになりました。
その後も判例法理の積み重ねにより解雇権濫用の法理が確立していき、平成15年に労働基準法18条2項として明文化され、平成19年の労働契約法制定に当たって、労働契約法16条に移されました。
労働契約法16条
(解雇)
解雇は、客観的に合理的な理由を書き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用した者として、無効とする。
2. 「客観的に合理的な理由」とは
客観的に合理的な理由とは、概ね次のようなものがこれに該当します。
① 労働者の労務提供の不能
これが争われた裁判例として 東京電力事件 東京地判平成10年9月22日 労働判例752号31頁(解雇有効)
② 能力不足、成績不良、勤務態度不良、適格性欠如
これが争われた裁判例として セガ・エンタープライゼス事件 東京地判平成11年10月15日 労働判例770号34頁(解雇無効)
③ 職場規律違反、職務懈怠
これが争われた裁判例として トラストシステム事件 東京地判平成19年6月22日 労経速報1984号3頁(解雇無効)
④ (経営不振など)経営上の必要性(整理解雇)
これが争われた事件として 東洋酸素事件 東京高判昭和54年10月29日判決 判例時報948号111頁(解雇有効)
⑤ ユニオンショップ協定による解雇
これが争われた事件として 三井倉庫港運事件 最一小判平成元年12月14日 最高裁民事判例集43巻12号2051頁(解雇無効)
通常、解雇事由は就業規則に定められており、使用者としてはこれらの事情を主張立証していくことになります。
④の整理解雇については、原則として4つの要件(人員整理の必要性、解雇回避努力義務の履行、被解雇者選定の合理性、解雇手続きの妥当性)を満たすことが必要とされています(近年ではこの4つの要件すべてを満たさなくとも、総合的に考慮した結果相当と認められれば解雇有効とする裁判例(いわゆる4要素説をとった裁判例)も増えてきています)。
※ 解雇理由証明書
労働基準法では、解雇予告された従業員が、解雇理由について証明書を請求した場合、使用者は遅滞なくこの解雇理由証明書を交付しなければなりません(労働基準法第22条2項)。
労働者が解雇理由を知り、解雇が有効か否かを判断するための重要な手続きとなります。
3. 「社会通念上相当」といえるために必要な事情
一般的には、解雇の事由が重大な程度に達しており、外に解雇回避の手段がなく、かつ労働者の側に宥恕すべき事情がほとんどない場合にのみ解雇相当性が認められるといわれています。
例えば、長期雇用下の正規従業員の成績不良については、単に成績が不良というだけではなく、それが企業経営に支障を生ずるなどして企業から排斥すべき程度に達していることを要するとする裁判例があります(エース損害保険事件 東京地決平成13年8月10日労働判例820号74頁)。
また、② 能力不足、成績不良、勤務態度不良、適格性欠如、③ 職場規律違反、職務懈怠については、改善を促す教育指導等の解雇回避措置が執られているにも係わらず改善の見込みがないといったことが求められますし、同様の理由がある他の従業員は解雇しないのに、ある従業員だけは解雇するというような場合は差別的な取扱として相当性を欠くと判断されるおそれが強いといえます。
4. 解雇理由がないとされた場合の影響
解雇理由がないと判断されますと、解雇は無効となることは当然(この場合、従業員の地位を失っていないことになり賃金請求権も失わないとか、賃金相当の損害を受けたとして損害賠償請求権が認められるとの論理構成により金銭的な損害の回復が図られることになります。)ですが、さらに著しく社会的相当性を欠く解雇については不当な解雇として慰謝料の請求原因となることもあります(懲戒解雇が争われた中央タクシー事件 長崎地判平成12年9月20日労判798号34頁は60万円の慰謝料を認めました。)。
従業員を解雇するにあたっては慎重な判断が必要となるので、迷った場合は弁護士など専門家に相談することをお勧めします。
本記事は、厚生労働省のウェブサイト「確かめよう 労働条件」を参考にして執筆いたしました。