2014年、ノーベル文学賞を受賞した文豪・川端康成(1972年没)が学生時代、婚約者に宛てた未公開の手紙がみつかり、雑誌の文芸春秋に掲載された他、岡山県立美術館でも公開されました。
この手紙は川端文学を研究するための重要な資料として注目されました。
2022年、知床遊覧船の沈没事故が発生しましたが、この事故で亡くなった22歳の男性が船上で恋人にプロポーズするための手紙が駐車していた車内から見つかり、遺族がマスコミに公開し、大々的に報道されました。
しかし、全文を掲載したり、テレビで読み上げられたりしたことに対してはやりすぎではないか、勝手に公開していいのかといった反応も多くあったようです。
そもそも、川端康成の場合も含めて、ラブレターは公開されることを前提として書かれていないと思われるところ、このように、亡くなった方のプライバシーに関する情報を公にすることについて法律的にはどのように考えればよいでしょうか。
死者のプライバシー情報を明らかにする行為については、すでに保護対象となる権利者本人がいないため、侵害とはならないと考えられ、個人情報保護法においてもその保護の対象外とされています(保護の対象は「生存する個人」に関する情報とされているため)。
ただ、死者に対する情報が生存する個人と関連がある場合、その生存する個人の個人情報として扱われる結果、情報の漏洩は生存する個人に対する権利侵害になりえます。
また、死者の名誉については、虚偽の事実を適示した場合には名誉棄損が成立します(刑法第230条第2項)。
本当のことを適示しただけでは成立しないところが生存する個人に対する名誉棄損と異なるところで、保護の範囲は小さくなっています。
さらに、ある人が創作した著作物(小説、映画、撮影した写真など。本件のようなラブレターも含みます)については著作者人格権という権利があります。
著作者人格権とは、著作物を創作した著作者の人額を守る権利で、公表権、氏名表示権、同一性保持権などが含まれます。
この著作者人格権は一身専属権であり著作者が死亡した場合は消滅する性質の権利なのですが、著作権法は次のように規定を設けて著作者の死後の人格権を保護しています(著作権法第60条)。
著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなった後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。
ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りではない。
この規定は個人のみならず法人にも適用されます。
個人の場合、著作者が亡くなった後著作者人格権侵害の主張をするのは遺族ということになります。
この規定に違反して故意に著作者人格権の侵害行為をした場合は500万円以下の罰金に処せられます(著作権法120条)。
本稿の最初で述べた、死者のラブレターの公開については、著作者人格権のうち公表権の侵害になる行為と考えることもできるのではないでしょうか。
死者のラブレターの公開について違和感を覚えられるのは、作成した本人が公開を希望していないのではないか、という意識を持たれているからだと思われますが、著作者人格権の内容からすると自然なことだともいえます。
川端康成のケースでは文学的な意義が大きいという理由で公開されることについては批判は少なかったようですが、著名人だからといって無条件に公開してよいということにはならないと思われます。
マスコミが公開する場合には著作者人格権の侵害に当たらないかという観点から、慎重な検討が行われるべきだと思います。
(本稿の意見にわたる部分は執筆者の個人的な意見であり、梅新法律事務所の見解を示したものではございません)