1 差押えとは
債権回収の方法として、給与を差し押さえすることがあります。
差押えとは、裁判所を通じて、債務者が有する財産の処分を禁止することです(税金の滞納の場合は裁判所への申し立てなしで差押えが行われます)。
差し押さえた財産は強制執行により換金され、債権者は債権を回収することができます。
「取立て」ともいいます。
2 給与の差押えが可能な範囲
(1)債務者の勤務先がわかっていれば、給与を差し押さえることができますが、債務者にも生活があり必要最低限度の財産は債務者に残すべきであるとの考えから、全額を差し押さえることはできません。
一部は差押禁止債権となります。
差押えができる範囲は次の通りです(民事執行法第152条1項2号参照)。
賞与も同じ扱いです。
手取り額が月額44万円以下の場合 | 手取り額の4分の1にあたる金額 |
手取り額が月額44万円を超える場合 | 手取り額のうち33万円を超えた金額 |
例えば、手取額が24万円であれば差押えできるのは4分の1の6万円となり、手取額が50万円であれば差押えできるのは33万円を超えた部分である17万円となります。
(2)退職金債権も給与と同じ性質ということでその4分の3が差押禁止となり、差押えができるのは4分の1です(民事執行法第152条2項)。
(3)養育費や婚姻費用等を請求債権として差押えをする場合は、債権者の保護の重要性が高くなるため、差押えが可能となる金額も大きくなります(民事執行法152条3項)。
手取り額が月額66万円以下の場合 | 手取り額の2分の1にあたる金額 |
手取り額が月額66万円を超える場合 | 手取り額から44万円を超えた金額 |
(4)給与と似たものとして役員報酬がありますが、これについては全額の差押えができます。
3 給与が振り込まれた預貯金債権を差し押さえる場合
(1)預貯金債権を差し押さえることはよく行われますが、預貯金債権については差押禁止部分がありませんので、全額差押えができます。
給与が振り込まれた直後に差押えがなされた場合であっても、給与債権についての差押禁止の規定の適用はなく、全額差押えができることになります。
※ 預金の凍結とは異なりますので、差押えが行われた日(差押命令が金融機関に送達された日)以降の出入金は可能です。
そうなりますと、債務者としては即生活費に困ることになりますが、救済手段としては、民事執行法153条1項の差押禁止債権の範囲変更の申立により、当該預貯金の差押を禁止することが考えられます(年金のケースですが認めたものとして東京高決平成4年2月5日 判例タイムズ788号270頁、東京地判平成15年5月28日金融商事判例1190号54頁)。
(2)但し、民事執行法155条1項により差押命令が送達された日から1週間を経過すると債権者の取立が可能となりますので、差押禁止債権の範囲の変更の手続は相当迅速に行わなければならず、債務者が、上記のような短期間に自ら又は弁護士を依頼して疎明資料を準備し、適切に申立をすることは、容易なことではないと思われます。
(3) この点、行政処分庁の滞納処分による預金口座の差押えのケースですが、大阪高裁令和元年9月26日判決は、原則として、給料等が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預金債権は差押禁止債権としての属性を承継するものではないというべきだとしつつ、
「給料等が受給者の預金口座に振り込まれて預金債権になった場合であっても国税徴収法76条1項及び2項が給与生活者等の最低生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨に鑑みると、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」
とし、認定された事実(統括官は預金口座の入出金の履歴を把握しており、口座に入金されるのはほとんど給与であること、給与が毎月15日前後に振り込まれることも把握しており、給与振り込みの直後に差押え処分をした等)の下においては「本件差押処分は、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合に当たるということができ、本件預金債権中、本件給与により形成された部分(10万0307円)のうち差押可能金額を超える部分については、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」として国に対する不当利得請求を認めました。
(4)その他、給与ではありませんが差押禁止債権である年金等(民事執行法152条1項1号)については東京地裁平成15年5月28日判決(金融法務事情1687号44頁)は、「年金受給権者が受給した年金を金融機関・郵便局に預け入れている場合にも、当該預貯金の原資が年金であることの識別・特定が可能であるときは、年金それ自体に対する差押と同視すべきものであって、当該預貯金債権に対する差押は禁止されるべきものというべきである。」と判示しています。
また、広島高裁松江支部平成25年11月27日判決(金融商事判例1432号8頁)は、「処分行政庁において本件児童手当が本件口座に振り込まれる日であることを認識した上で、本件児童手当が本件口座に振り込まれた9分後に、本件児童手当によって大部分が形成されている本件預金債権を差し押さえた本件差押処分は、本件児童手当相当額の部分に関しては、実質的には本件児童手当を受ける権利自体を差し押さえたのと変わりがないと認められるから、児童手当法15条の趣旨に反するものとして違法であると認めざるを得ない。」として、差押をした県に不当利得返還義務を認めています。